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FIRE後をどう生きるべきか?あるいは伊能忠敬の生き様について

こんにちは!当ブログ管理人のあおぺん(@blue_penguin01)です。

みなさんは「伊能忠敬」って誰だか覚えていますか?
小学生の頃、誰もが社会科で学んだ江戸時代の人物。
「初めて日本を測量して日本地図を作った人」として有名です。

実は伊能忠敬は理想的なFIREを達成した人物として一部界隈では尊敬されています。

江戸時代にFIREとは一体どういうことなのか?
そして現代人はどのように伊能忠敬の生き様を活かしていけばよいのか?

今回は「FIRE後の人生をどのように生きるか?」というテーマについて考察していきます。

あおぺん
あおぺん

今回は今までの「期間工FIRE」をメインとした記事ではなく、FIREそのものに対してコラムを掲載しようとおもいます。
以下、常態にて失礼します。

FIRE/セミリタイアを目指す現役期間工。
期間工生活2年8カ月で1000万円の資産形成しました!
期間工歴3年/現在2社目

あおぺんFIRE@期間工×投資をフォローする

FIREで重要なのはその後の生き方である

FIREは手段であって目的ではない

「こんな仕事を毎日続けて疲弊したくない、1日でも早くFIREしたい」
そう考える人は少なくない。
自分の仕事が天職であると胸を張って言える人は今の日本にどれだけいるのだろうか。

「仕事」でGoogle検索すれば、予測変換欄には「仕事 辞めたい」「仕事 行きたくない」といったネガティヴな言葉が並ぶ。

だから、仕事が嫌いな人々にとってFIREというのはある種の救世主のような存在ともいえる。
生きていくために仕方なく続けていた仕事を辞められるというのは何と魅力的だろう。
ミレニアル世代やZ世代を中心にFIREブームが巻き起こるのもうなずける。

しかし「仕事から逃げたい」という後ろ向きな理由でのFIREには大きな危険が伴う。
なぜならFIREは自己実現の達成のための手段であって、FIREそれ自体が目的ではないからだ。

もし仕事を辞めることだけを目標にFIREした場合、FIRE後の生活は味気なく空虚なものになってしまうだろう。
「仕事を辞めたい一心でFIREに向けて資産形成をしたが、肝心のFIRE達成後にやりたいことが無い」
なんて状況は好ましくない。

「FIREしたら絶対に○○するんだ!」という将来のビジョンがあった方が、達成後の楽しみが増す。
何よりFIREへのモチベーションにもつながる。

定年後うつとFIRE後うつの共通点

「そんな大層なやりたいことなんて無くたって、毎日好きなだけ寝て、たまに外で散歩したりする。
そんな日々でFIREは充分だよ。『足るを知る者は富む』と言うじゃないか」
なんて意見もごもっともではある。

確かに気ままに暮らすFIREも魅力的だ。
何事にも囚われない自由な人生はきっと素晴らしいものだともおもう。
好きな時間に起き、まだ日が高いうちから缶ビールを開けるのは休日の喜びのひとつだ。

ただ、その解放感はFIRE直後だけであって長続きしないだろうというのが個人的な意見。
この解放感は、平日に仕事をしているからこそ楽しめる束の間の喜びであって、これが一生続くのであれば話は別になってくる。
『山月記』で李徴が言ったように、やがてはそれを退屈に感じるのかもしれない。

人生は何事をもさぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短い

『山月記』中島敦

FIRE後にやりたい事や目標も設定せず無為に過ごしてしまえば、余生は惰性で長過ぎると言える。

実際に、「定年後うつ」という言葉がある。
定年退職を迎えて今まで働きづめだった人生からリタイアし急に自由な時間が増えると、人は何をやったら良いか分からなくなるらしい。
定年後うつでは、「社会から必要とされていないと感じる」「自分には何もないと悲観的になる」といった症状がある。

60代で定年退職した後の老後人生でも「うつ状態」になってしまうのだ。
それよりも若くFIREすれば、「FIRE後うつ」を発症する可能性は大いにある。

事実、SNSやブログなどではFIREを達成した人がFIRE後の退屈や社会・人間関係からの隔絶が原因でうつ状態になった体験談を見かける。

家庭を持ち、子供を育てるのであれば退屈はしないが…

たとえば家庭を持ち、子育てにFIRE後のリソースを全投入できるのであれば、FIRE後の退屈を回避できるかもしれない。

子供の参観日や運動会にはフル出席できる。
子供の教育や成長をサラリーマン時代よりもはるかに濃い密度で体感できるのであれば、退屈な人生とは無縁といえる。
自分の子孫を後の世に繋げる命のバトンとして育てるのは生物の使命だからだ。

しかしもし子孫がおらず、自分が生きた証を誰かに引き継ぐことができなかったら?
個人的には一定の年齢を超えたあたりで、虚しさが延々とこだまする人生になってしまうと予測する。
「結局自分の人生はなんだったのか。ただ好き勝手やっただけで、後世に残せるものなど無いじゃないか」と。

結婚せず自分の趣味や興味のためだけに生きた結果、その趣味すら楽しめなくなった独身の中年世代の例は枚挙にいとまがない。

そこで矢面に上がるのが伊能忠敬という人物である。
伊能忠敬は結婚はしているが、老後の人生にそれ以上の熱意をもって偉業を達成した男として知られる。
仕事だけじゃない、老後を活き活きと過ごした「人生ふた山説」の代表格である。

伊能忠敬のように爪痕を残したい

伊能忠敬の生き様

伊能忠敬の経歴をざっと以下の年表にして紹介する。

1745年0歳伊能忠敬、出生
1762年17歳妻ミチの家へ婿入り
1762年~1794年17歳~49歳家業・村役人として活躍
1794年49歳家督を長男に譲り隠居する(=FIRE)
1795年50歳江戸へ出て天文学を学ぶ
1800年55歳初の蝦夷測量
1800年~1818年55歳~73歳日本全国を測量し地図を作製
1818年73歳伊能忠敬、死去

このように、社会の教科書で知られる「歩いて日本全国を測量する」という偉業は55歳からのことであった。
49歳で家督を長男へ譲るまで、村の役人や酒造・米の取引などで財を成したことはあまり知られていない。
実は伊能忠敬が婿入りしてから家督を譲るまでの約30年間で伊能家が増やした資産額は現在の70億円以上に相当する。
70億円以上と言えばFIREの中でもレベルがケタ違いだが、それだけ商才と人徳のあった人物だったと言われている。

このようにして膨大な額の資産を築き上げた伊能忠敬には天文学の趣味があった。
伊能家の家長として、村の役人として活躍するなかでも天文学の勉強は続けていたようだ。

そして49歳で隠居後は天文学を本格的に学ぶために江戸へと移住。
そこで師事していた高橋至時との縁から日本全国を徒歩で測量する一大計画を始めたのだ。

あとは歴史の教科書で知られる通り。
20年近くにわたって日本全国を測量し、初めて日本地図を作製した。
歩いた距離は4万キロ以上、歩数にして4千万歩を超えた。

伊能忠敬は理想的なFIREの達成者

70億円という圧倒的な資産を築いて隠居した後は趣味の天文学を学び、歴史に名を残す偉業を達成する。

これこそがFIREの理想的なカタチではないだろうか。
自分の趣味を貫き通して江戸幕府に認められ、一大プロジェクトを任されて歴史に名を残す。
まさに「活き活きとした老後」であり現代のFIRE達成者も見習うべき点が多い。

老後も第一線級で戦えるのは学問と芸術分野

学問と芸術は一生涯を懸けて高みを目指していける

では、伊能忠敬のように歴史や人々の記憶に刻まれる偉業を達成するのはどのようなジャンルなのか。
それを老後の人生で成し遂げるにはどうすればよいのかを考えた。

スポーツやゲームなどの娯楽は肉体的ピークが若年層に来るため老後の活躍は難しい。
結果、学問と芸術は歳を取ってもトップクラスで戦えると考えた。

学問であれば大学などで研究を続ける人々に定年は無く、生涯を通じて知識を蓄えていく。
ファーブルが『昆虫記』を発刊したのも55歳の時である。
英単語『study(学習する)』の語源が『studium(熱中する)』であるように、学問の本質は熱狂・熱中であるのかもしれない。
生涯学び続ける姿勢から偉業は生まれるのだろう。

芸術も同様に若い時からの積み重ねでより良いものを生み出していける。
例えば6歳の頃から絵を描き続けてきた葛飾北斎は「73歳にしてやっと鳥や虫を描けるようになった」と話し、『富嶽三十六景』を描いたのも70歳以上であった。

大器晩成の好例はほかにも多数実在するが、共通点は「長年の積み上げ」と「狂人と言われるような熱意」だ。

いずれにせよ、FIRE前から基礎固めをすることが必要

大成を目指すのが学問であろうと芸術であろうと、FIREを達成してから準備を始めるのでは遅すぎるだろう。
FIRE達成前から徐々に基礎を固めていって、昇華させるのがFIREの後の生活である。
伊能忠敬も葛飾北斎も、若いころから打ち込んできたことが晩年の評価に繋がっている。

FIREを目指して資産形成に力を注ぐ一方で、FIRE後を見越して学問や芸術の趣味を突き詰めていく。
これこそがFIREを成功させる最大の要因だろう。

死ぬときに「FIREを達成して自分の人生を謳歌した人」として終わるのではなく、「熱意をもって○○を成し遂げた人」と言われる人生でありたい。
FIREは目的でなく自己実現の手段に過ぎないのだから。


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